封禍蟠竜30
唐突に事が始まり、其れでも追いつこうと必死に結果を残そうとするも、唐突に時が過ぎる。
そして今は灯りの消えた寝室、恐らく寝台の中なのだろう。
如何にも眠気を誘う甘い芳香剤が強く香る布布団が、シアンに覆い被さる。
「シアン、まだ起きてたー?」
「お前、何時の間にっ!?」
「ずっと一緒だったじゃない。ぼーっとしてたから私が歯磨かしてやったのに。」
知らぬ間に身嗜みを整えられ此処まで誘導されたとなれば、大変恐ろしい話である。
サンの証言が確かならば、一連の動作は時間操作よりは催眠術の類と考えられる。
シアンが最も嫌う、催眠術。
時間こそ唯一無二の掛け替えのない至宝であり、人に支配され良い様に消費されるのは馬鹿らしいとまで思い込み
何かしら、身内からの依頼があったとしても自身が納得・賛成に至るまで先ず進んで話に乗らず
時には資材を惜しまず、暇を惜しむ程であり、あまりの時間倹約ぶりに重症とまで謳われた程だ。
「あぁ全く・・・チリフ様は恐ろしい真似をして下さるな。
全てはお前のためなのか?」
「なぁに?チーなら私の言う事何でも聞いてくれるんだよ。
ていうか、何でチーのことチリフ様って呼ぶの?知り合いなの?」
「あのな・・・あの御方は竜では最上位、この世界の一柱とも云われる方なんだぞ・・・。
竜が好きなら竜の事をもっと学べよ、お前も竜なのだろう?」
半分ね、と呟き特に意味もなく微笑む。
そもそもサンクウブの両親は、彼女が幼少時に他界したらしい。
非常に勤勉な学者であり竜人の父親は、ある一大偉業を成し遂げると同時病に倒れ
非常に裕福な王族であり人間の母親は、種族を越えた愛を示す偉業を成し遂げ
九十余年、人間としては天寿と思える十分な年月を過ごした後、老衰で亡くなった。
親の人望か権力か、又は物好きか偶々聞きつけただけなのか定かではないが
サンが独りになってしばらくしない内に、人が勝手に集まったという。
「色んな人が私の前に集まって言う事聞いてくれるんだけどね
一番欲しかった人がなかなか来なかったんだ。」
「それ以上に何を求めたんだ。」
「大人達は皆親みたいなものだからね。だから弟や妹が欲しかったの。
お兄ちゃんやお姉ちゃんでもよかったわ、とにかく家族が欲しかったの。
家族って何処に行っても繋がってるんでしょ?」
多くの人に囲まれ、散々我儘を貫いてきたが、鈍い様に見えて孤独感には勘づいていた。
「お仕事や家庭があるからって、皆私の言う事一通り聞くとどっか行っちゃ・・・ぅ・・・っ!」
突如、背中を丸め激しく咳き込む。
必死に伸ばした手で掴んだ錠剤をあるだけ口に頬張り、瓶ごと水を飲んで流し込んだ。
「・・・チーはずっと傍に居てくれるけど夜中には絶対起きないから、こういう時ちょっと怖いんだ。」
彼女の手の届く範囲に薬箱と水瓶、そして呼び鈴が大量に備え付けられている。
見えない恐怖に独り立ち向かう、人間の心を持つ竜が最も求めるものが安息出来る"時間"であった。