封禍蟠竜18
不意の崖崩れに加え、風に押される一向は体制を整える間も無く
散ったサクラの花弁に視界を奪われ、崖岩に叩きつけられ、落石に打たれ
漆黒の谷底に向かって墜ちるのであった。
「シアン、良いかい!?あたしが土台を作ったらあんたはすぐあいつの元に飛んで行きな!
ぶっ叩いてでも名前くらい吐かすんだよ!」
ホロンの咆哮とともに渓谷が変形、蠢く崖が隆起し、谷底を其処に創ってしまった。
新たに出来た足場を蹴り、自ら突風と化し花と石を跳ね除けながら急上昇する。
横這いに伸びたサクラを目指し上昇し続けると
サクラ色の髪の男はまだ其処に立っていたのが見えた。
逃げも隠れもしない度胸は評価してやりたいが
此方を小馬鹿にしているかの様なしたり顔に腹を立てたシアンは
口よりも先に槍先を出し、突風を放つ。
「おや、そんな強い風を出されては・・・困りますな!」
強風に煽られ後方に押し倒されたかと思いきや、突如男の足元が歪み
伸びた脚はサクラの木に一回転して絡まり、再度回転した時には既にシアンの槍と首を捕らえていた。
相手の動作が全てにおいて早すぎる。
「ふむ、あまり見ない竜のしかも子供ですね。お名前は?」
名を名乗る変わりに放電するシアンだが
相手は頭髪や衣服が一瞬逆立っただけで、痙攣は愚か痺れの気配すら感じさせない。
何時もの拘束目的の電撃ではあったが、手加減などせず寧ろ先日の倍は強い物を放ったつもりだ。
体質による特性?術による補強?
下半身がキール(隆起)の皮膚を持つ大蛇の胴体其の物になったこの男。
只者でもなければ人間でもない。
「私は君に質問しているんだ、そんな答えはいらない。
君だってそうだろう?私に何かを尋ねに飛んできたのではないのかい。」
「・・・僕の名はシアンだ。貴様、名乗れ。」
「宜しい、ではお答えしましょう。私の名はイグです。」
「他にも色々聞き出したいがこれだけは聞いておく。僕達を殺そうとしたな?」
「ええ。」
短い返事と変わらぬ表情による狂気。
「ですが、私も悩んでおります。
このまま首を絞めるべきか、それともひと思いに・・・ん?」
イグが気を取られたのは、肩まで上り詰めたあの奇怪な蟲である。
一瞬生じた隙を見逃さず、手を振りほどき槍で薙ぎ払う。
手応えはあった。渾身の力で振った槍先は確かにイグの腹を切った。
しかし目を凝らして見れば、衣服が横一文字に破けた程度で
その下皮膚には傷どころか腫れてすらいない。
「シアン、この蟲が何故私に付いてきたのか判りますか?
君は今さっき強い風を起こした。そして振り落とされぬよう持ち堪える蟲達。
どうせ掴むのならより強靭なもの、櫻の幹よりも強いものを選んだ。その結果が私のようです。
小さいのに賢い、行動力はあるけど非力。丸で君のようだ。」
言葉で煽り揺さぶる。
耐え難い屈辱を払うかの様に、激昂したシアンは雷雲の塊で自分ごと相手を覆い尽くし
大地を揺らす激しい轟音をたて雷雲は爆ぜた。その時はもう、誰の声もどの音もかき消された。